庭は料理の前奏曲 — バリ島NXT体験記②
前回、「撮るよりも先に、飲み込まれた夜」と題して、 NXTという空間に足を踏み入れた瞬間のことを書きました。 (前回はこちら → https://vietnam2519.livedoor.blog/archives/46772873.html ) 今回は、その夜の“入口”について。 メインダイニングのテーブルで二品をいただき、 いよいよ本格的なコースが始まるのだろうと思っていたら… スタッフが静かに言いました。 「お荷物はそのままで、こちらへどうぞ。」 案内されたのは、建物の奥に広がる敷地。 夜はすっかり深まり、玉砂利の足元を懐中電灯で照らしながら進んでいくと 辿り着いたのは、ハーブガーデン。 NXTの庭は、料理の前に身体を整えるための“前奏曲”のような空間では? と 改めて考えます。 ガーデンを歩くと湿度を帯びた空気が肌を包み、土の匂いがかすかに立ち上る。 背の高い葉が照明の光を細かく刻み、影がゆっくり揺れている。

料理はすぐには出てこないけれど、スタッフがここで栽培され、 実際に皿へと姿を変えるハーブを丁寧に紹介してくれた。 目の前に摘まれた葉や花は、ついさっきまで土の上で呼吸していたかのよう。 香りを嗅ぎ、葉を指で触れ、少し味わう。 つまみ食い。味が濃い。香りが強い。 その瞬間、体験はすでに始まっている。

北欧のレストランの中には、料理を単独の体験として切り離さない店がある。 土地の季節、風、湿度、土の匂いまでを一皿の延長と捉える発想。 コペンハーゲンのNomaは、その象徴的存在として知られていて、 料理を「皿の完成形」ではなく、「土地そのものの物語」として提示する姿勢は、 世界の食の潮流に大きな影響を与えてきた、と言われる。 (参考: https://noma.dk/ ) NXTの庭に立ったとき、その思想の影響を感じ増田。 土、水、葉、風。 それらは装飾ではなく、この土地の前提条。 ここで育つものを、ここで味わう。 その必然を、説明ではなく感覚で理解させる仕掛け。 写真を撮ろうとしたけれど、諦めました。 切り取ったとしても、 この連続している空気は伝わらないし、 せっかくの高揚が途切れてしまう気がしたから。 やさしく摘まれたハーブに、 ほのかな甘みと酸味をまとわせたドレッシングを スタッフがその場で合わせてくれた。

庭の香りに包まれながら口に運ぶ。

ハーブを出汁にしたスープもいただいた。 まさしく滋味。

そして再び、メインダイニングへ戻っていくことになりました。 移動は多いけれど、味覚、香りを感じ取り、頭もぐるぐるフル回転。 レストランって、くつろぐだけじゃないんだな〜と。 レストランの進化って、料理の技巧の更新だけではないのかもしれない。 「食べる」という行為を、どこから始めるのか。 その再定義。 NXTは、入口の一歩目から、その問いを差し出していて、 体験型レストランへ、あれよあれよと没入させてくれます。 次回は、再びメインダイニングへ。 庭という前奏曲のあとに現れた“メインテーブル”が、どんな物語装置だったのか、 綴ろうかと思います。よろしければ・・・ 一皿ごとに演者が変わる夜 — バリ島NXT体験記③ 移住生活ランキング
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